「押印についてのQ&A」を読んでみる

令和2年6月19日付けで、内閣府、法務省、経済産業省の合同で、「押印についてのQ&A」が公表されています。

メディアでもいろいろととり上げられています。

契約書のハンコ不要」、政府が見解 対面作業削減狙う

政府は19日、民間企業や官民の取引の契約書で押印は必ずしも必要ないとの見解を初めて示した。押印でなくてもメールの履歴などで契約を証明できると周知する。押印のための出社や対面で作業を減らし、テレワークを推進する狙いがある。

「押印なくても契約有効」 政府がはんこめぐりQ&A(時事通信社)

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、企業にテレワークが広がる中、押印のためだけに出社するのは非効率との指摘を踏まえた対応。押印省略に企業の理解を促すことで、働き方改革を推進する狙いだ。

これから、実際に原文にあたってみていきますが、いっていることは、法的には、当然のことばかりです。なので、これを、あたかも政府が、テレワークに向けて、大事なことを初めていったかのように大きく取り扱っているというのは、すごく違和感があります。

もし、本当に、そのように思っているのだろとすると、

法的に正確な知識が、求められていなかったということでしょうし、

また、

それほどまでに「政府」というものへの信頼が強い、

ということなのだろうと思います。

ひとつひとつみていきましょう。

質問1は、「契約書に押印をしなくても、 法律違反にならないか。」というものです。契約というのは、両当事者の意思の合致をいいます。

この原理は、意思主義といって当然のことです。が、今回の民法改正で、条文が入りました。522条です。

契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

質問2は、「押印に関する民事訴訟法のルールは、 どのようなものか。」というものです。

この点については、自由心証主義があって、証拠能力の無制限、証拠力の自由評価があります。そして、文書については、形式的証拠力と実質的証拠力の問題があります。

そして、文書の真正な成立と「文書が事実の証明にどこまで役立つのか (=作成名義人によってその文書に示された内容が信用できるものであるか) といった中身の問題(これを「実質的証拠力」という。)は、別の問題であり、 民訴法第228条第4項は、 実質的証拠力については何も規定していない」ということが説明されています。

これまた当然です。

質問3は、「本人による押印がなければ、 民訴法第228条第4項が適用されないため、 文書が真正に成立したことを証明できないことになるのか。」というものです。

これについては、本人による押印の効果と して、文書の真正な成立が推定される こと、 文書の真正な成立は、 相手方がこれを争わない場合には、基本的に問題とならないこと、文書の成立の真正は、 本人による押印の有無のみで判断されるものではないこと、 文書の成立経緯を裏付ける資料など、 証拠全般に照らし、裁判所の自由心証により判断されること、が説明されています。

ということで、これも当然のことです。

なので、

形式的証拠力を確保するという面からは、 本人による押印があったとしても万全というわけではない。 そのため、 テレワーク推進の観点からは、 必ずしも本人による押印を得ることにこだわらず、不要な押印を省略したり、「重要な文書だからハンコが必要」 と考える場合であっても押印以外の手段で代替したりすることが有意義であると考えられる。

というコメントが示されています。テレワーク推進の観点からはといっても、別の企業としては、そのようなお題目のために経営をしているわけではありません。しかしながら、実際の契約行為等をみるときに、押印にこだわることが、不合理なこともあるでしょう、その場合には、単に文書の真正が認められないリスクの評価とその管理の問題ですよ、ということで理解するのがいいかと思います。証明てきないような事案が起きることは稀、他の手法でも証明はできる、安心している印鑑も万全ではない、ということで自分で選択してください、というメッセージです。

ただ、日本の経営者は、そのような「リスクを自分で評価する」というのが苦手なように思えます。そのために、新聞社のこれは重大なアナウンスメントです、という報道が必要だ、ということだろうと思いますが、それは、決して,自分手リスクを評価して、管理するというまっとうな処理をしなくていいとなるわけではないことに注意するべきだろうと思います。

問4は、「文書の成立の真正が裁判上争われた場合において、 文書に押印がありさえすれば、民訴法第228条第4項が適用され、証明の負担は軽減されることになるのか。」という質問です。

回答としては、いわゆる二段の推定があること、それが限定的であること、の説明がなされています。

この部分は、やっと実質的な内容があるかと思います。推定の意味については、反証が認められるということはいうまでもありません。が、認印の場合に、「印影と作成名義人の印章が一致することの立証は、(略)  いわゆる認印の場合には事実上困難が生じ得ると考えられる」というのが回答の立場です。

認印を名義人が保有しているというのは、他の場合に使っていたでしょ、というのもあるので、「事実上困難が生じ得る」というのがどのような趣旨かというのは、ありそうです。個人的には、まあ、印鑑でも完全ではないでしょというのは、否定するものではありません。

問5は、「認印や企業の角印についても、 実印と同様、 「二段の推定」により、 文書の成立の真正について証明の負担が軽減されるのか」という問題です。

ここでも認印の場合の推定が及ぶことの困難さをいっています。「押印されたものが実印でない (いわゆる認印である) 場合には、 印影と作成名義人の印章の一致を相手方が争ったときに、その一致を証明する手段が確保されていないと、 成立の真正について 「二段の推定」 が及ぶことは難しいと思われる。」としています。厳密にみる場合には、「一致を証明する手段」を確保していれば、推定が及ぶのは、そのとおりなので、証明の問題と推定が及ぶか、という解釈の問題とを混在させているように思えます。

印鑑が、文書の真正とインテグリティをあきらかにするのにコストパフォーマンスがいいのは、そのとおりだと思います。ただし、有体物に縛られる故の、非効率性もあるわけで、その非効率性と証明の効率性とのバランスというのが本当のところです。その判断は、利用者の自らのリスク管理によります、ということにしたいところです。しかしながら、日本の場合は、「リスクがあります」というのは、やるな、と受け取る人が多いですし、また、やりたくない人のいいわけに使われるわけです。

なので、ある種の方便にして、認印だからといって、常に負担が軽減されるわけではないです、というような表現をしていると理解しています。

問6は、「文書の成立の真正を証明する手段を確保するために、 どのようなものが考えられるか。」というものです。

証拠能力の無制限のもとで、どのような事実で証明すればいいのという問です。

一般人が、印鑑が、とか、業界人が、電子署名(それもデジタル署名)が、といいたいところを、継続的な関係ですか、新規取引関係ですか、というのをまず最初の要素としてあげています。

これは、本当にそのとおりです。まあ、新規取引関係の場合は、日本の場合は、まずは、人間関係の構築からということになるでしょうから、その際に構築された関係も大事です。国際的な場合は、メールと、ホームページで確認するとか、あとは、話がきちんと通っているのかということでしょうか。

電子署名・電子認証サービスの利用は、付随的なものとして記載されています。

興味深いのが具体例として、契約書を電子メールで相互にとりかわす際のプロトコルを紹介しています。

(a) メールにより契約を締結することを事前に合意した場合の当該合意の保存
(b) PDFにパスワードを設定
(c) (b)のPDFをメールで送付する際、パスワードを携帯電話等の別経路で伝達
(d) 複数者宛のメール送信 (担当者に加え、法務担当部長や取締役等の決裁権者を宛先に含める等)
(e) PDFを含む送信メール及びその送受信記録の長期保存

となっています。ここで、

「パスワードを携帯電話等の別経路で伝達」

といっています。もし、同一経路だと、意味のないPPAPになるところでしたね。(情報処理 2020年7月号別刷「《小特集》さようなら,意味のない暗号化ZIP添付メール」参照)

pdfに署名するのか、印章のキャプチャ画像を張り付けるのかは、よく分かりませんが、これでも契約は、成立するのは、当然です。画像が、複製されるでしょ、といったところで別に争われなければいいだけのことですし、争われても、その印章を普段でも使っていれば、本人が使うことも十分にありうるね、ということになります。その余の事実と合致していれば、真正の証明には、十分な証拠力をもちますね、それがわかっていれば、十分でしょう。

あと一つ、有識者の方々には、証拠能力と証明力(証拠力)の用語の使い分けは、ぜひとも、このQAで覚えてほしいです。何回いっても、この用語を混在させる有識者がいるので、理解してもらえているのかなと、いつも不安に思うことがあります。